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平成27年 4月号 No.136


ハマダイの骨付き頭付き切身


正式和名ハマダイという魚は、沖縄で「アカマチ」と呼ばれ、奄美地方に行くとよく似た「アカマツ」という名になり、関東ではオナガ、更に他のある地域では「ヘイジ」などとも呼ばれているということだ。

このハマダイと良く似ていているのが下の右画像の魚である。

画像を並べるとハッキリ違いが分かるけれど、それぞれを別の場所で見るといったいどちらなのか一瞬判断を迷うほどそっくりである。

 

左上の画像が沖縄地方で「アカマチ」と呼ばれ白身の高級魚として扱われる「ハマダイ」であり、右のよく似た魚は相場的にその半分以下の価格でしか扱われることのない「ハチビキ」という魚で、地方名は沖縄でチョウチンウオ奄美諸島ではアカボと呼ばれている。

ハマダイはスズキ系スズキ目スズキ亜目フエダイ科ハマダイ属であり、ある店の魚売場では下の画像のように1尾2,200円という高い売価がつけられていたけれど、この価格はこの日だけ特別高いというのではなく、このくらいの売価が普通に通用する魚である。

ハマダイが属するフエダイ科にはフエダイ属、ヒメダイ属、アオダイ属などに分かれ、約30種類ものたくさんの親戚兄弟が存在している。

 

いっぽうスズキ系スズキ目スズキ亜目ハチビキ科ハチビキ属のハチビキは、その属するハチビキ科には他にこれといった兄弟親戚はほとんどいないという違いがある。

基本としてフエダイ科の魚達は白身だが、ハチビキは青魚のように身が赤いのが特徴で、以下の画像のようにまるでカツオやマグロのように赤っぽい身をしているけれど、不思議なことにこの魚は白身の範疇に分類されるということだ。

 

これを平造り刺身にすると以下のようになり、身の色はまるで生のカツオのように見えないこともないが、ハチビキはカツオでもなくハマダイでもないので間違えないでほしい。

 


そして以下の画像はハマダイであり、上の画像と比較すると身の色の違いが明確に分かるのではないかと思う。

  

 

4月から5月はハマダイが夏の産卵を迎える前にセッセと脂肪を蓄えている時期であり、もともと皮下脂肪が多い方ではないサッパリ系のハマダイは、この季節になるとまるで養殖鯛のように、天然魚とは思えないほど内臓脂肪を溜めてはいるけれど、その味は養殖鯛のようにギトギトと脂ぎったものとは違っていて、天然魚らしい脂の乗りを感じることが出来るのである。

このように膨らんだ内臓脂肪の事実を確認するだけでも、この季節はハマダイが年間で一番美味しい時期であることが分かるのだが、ハマダイを美味しく食べるには上画像のように皮無しでのオーソドックスな刺身の食べ方だけではなく、下画像のように鮮やかな赤い色の皮を一緒に食べる「焼霜技法」を活用した刺身もお勧めである。

焼霜をするには少し焦げ目がつくくらいにしっかり炙った方が香ばしさが味わえる。

半身分を背と腹に分けて、皮目の方から薄造りにして盛り付ける。


さてハマダイは刺身で美味しいだけでなく、その他に煮付けや鍋ものなどにも適した魚料理の材料となる。

下の画像は5s以上の大きさになることも珍しくないハマダイとしては、比較的小型の700c前後サイズの半身を、更に半分ずつで商品にしたものであり、巻頭画像はこうして商品化した分の片割れで「4分の1身分」を盛り付けている。

 

ハマダイは白身の高級魚なので仕入れ価格も比較的高いことことを踏まえ、上画像は「4分の1身分」で商品にしたのだが、もし安い価格で手に入ることがあれば以下の画像のように半身分の商品としても良いだろう。

 

これらの4分の1身分と半身分を盛り付けた切身商品のそれぞれは、いづれも骨付きの方の片身を使っており、しかも半割にした頭部をカマ付きで一緒に入れ込んでいることがその共通項であり、これは意図的な考え方に基づいている。

骨なしの方の半身については、前掲していた皮なし刺身と焼霜刺身の刺身用材料として活用しており、1尾を刺身用で半分、そして切身用に半分ずつで両方の商品へと展開することを前提としているのだ。

これは魚1尾分を半分ずつ別の価値の商品として販売するための手法であり、こうすることでSKUが拡がって魚売場の魅力が増すことになるからである。

また切身の商品にはどれも頭部を入れ込んでいるが、これを加えることでボリューム感を増して見せたいという考えも一つはあるけれどそれだけではない。

一般的に魚の頭部はタイやブリなどの一部を例外として価値のない部位として粗末に扱われていて、粗(アラ)という名称で二束三文の価格で売り飛ばされている。

頭部が二束三文でもお金になるのはまだ許される方で、中には廃棄物として残滓容器にそのまま捨てられているのが多々あるのも現実であり、これらをそんな邪険な扱いをするのではなくそれなりの価値を認めさせたいという目的もあるのである。


魚は味噌汁や煮付け、鍋などに料理すれば、身からだけではなく骨の骨髄からでる旨味成分によって出汁が出て美味しくなるのだが、昨今は「子供が魚の骨を嫌がる」という理由で「骨のある魚料理」が敬遠される時代であり、この情けない風潮にまるで迎合するかのような「魚の骨なし切身」とやらの工場製品が出回っているようだ。

本来は魚の頭部の眼球後ろにある脂肪には、DHAやEPAが多く含まれているし、頭部にゼラチン質の多い魚にはコラーゲンなども多いことから、魚のアラを味噌汁などにして骨だけ残して食べ尽くすといった料理は「魚を十全に活かす」という意味では最高の食べ方だと言えるだろう。

筆者がこれまでに食べた「魚の味噌汁」で一番記憶に残っているのは、2008年10月29日の朝に石川県の氷見漁港で食べた「かぶす汁」である。

氷見漁港の中にある海寶食堂は魚市場従業員を主な客として営業している店であり、上画像のかぶす汁は氷見漁港の名物料理となっている。

かぶす汁とは、食堂の壁の掲げてある看板を見ると以下のような由来のものらしい。

こういう由来のあるものなのだから、かぶす汁を「魚のアラ味噌汁」と同じだと言ってしまうと怒りを買うことになるかもしれないが、その時筆者は「アジ、ギリサバ、カマス、チコ鯛、スルメイカゲソ、ワタリガニなど、ぶつ切りの魚がゴロンゴロンと味噌汁の中に入っていて、まさに豪快な味だった」と、その食後の感想を記している。

かぶす汁の中身は魚のアラとかではないのはもちろんだが、その存在意義というのは「魚のアラ味噌汁」と何ら変わるものではなく、これは失礼な言い方になるかもしれないが、実際に食べた感触は本当に「似たようなもの」だったのである。

氷見漁港とかぶす汁のことはFISH FOOD TIMES 59 フクラギ姿造り(平成20年11月)の中でも触れているので、ご興味のある方はこちらも覗いてみてほしい。

さて、かぶす汁のように立派な魚の材料を使ったものではなく、刺身や切身を確保した後に残る魚のアラを使って魚のアラ味噌汁を作るポイントを、簡単な表にまとめてみたのでこれまでこれらにあまり縁がなかった方は一つ参考にしてほしい。

魚のアラ味噌汁の作り方ポイント
頭部は適度な大きさに切る。アゴやエラブタの部分は使わない
ヒレが残っていれば、臭みが出るので切り落とす
中骨やキモや心臓があれば、水で洗って血や汚れを落として使用する
霜降りにして汚れを落とし臭みを抜く
水を流し放しにして残ったウロコや血液を除去し、もう一度汚れを落とす
粗熱がとれたらザルあげして水気を切る
冷水にアラを入れて水から加熱し、ひと煮立ちした後に火を弱める
臭みを出さず旨みを引き出す為に、浮いてくる魚のアクを丁寧に取り除く
強火にせず弱火のまま、じっくりと旨味と脂を引き出す
10 最後に味噌を入れる。味噌を入れてからは沸騰させない

魚を美味しく食べるには「魚の骨を忌避するような食べ方」へと逃げるのではなく、魚のアラの味噌汁のように「骨から出る旨味成分も活かす」料理の方に向かうことが重要なのである。

しかし今の日本においては、魚の「旨味」ということがしっかりと理解されていないことから、魚料理が「ファーストフィッシュ」などと称される、工場で生産された安易で簡便な出来合い商品に振り回される方向へと、日本の消費者は向かわされているのではないかと思うものがある。

そもそも「旨味」とは何ぞや? 参考資料を紐解いてみると・・・

既に100年以上も前となる1908年に、東京帝国大学教授の池田菊苗は昆布出汁のおいしさの正体はグルタミン酸であることを発見し、甘味・塩味・酸味・苦味の4つの基本味では説明できないその味を「5つめの基本味」として「旨味」と命名し、そのグルタミン酸を主成分とする調味料の製造方法での特許を取得し、1909年5月には旨味の調味料である「味の素」が鈴木製薬所(今の味の素株式会社)から発売された。

今日では英語にこの「旨味」を表す言葉がないため、国際的に学術用語として「umami」が使われるようになっているけれども、これは1980年代になって「舌に旨味成分を感じ取る組織がある」ことがわかり、やっと「第5の味覚」として世界的に認められるようになったもので、旨味が発見されてから約80年もの長い間、欧米の研究者たちは「旨味」というのは4つの基本の味覚の調和として表れる感覚であって基本の味覚ではないとしていたのだった。

日本料理においては昆布で出汁をとった後にカツオ節で出汁をとるが、それは昆布のアミノ酸系グルタミン酸とカツオ節の核酸系イノシン酸とを合わせると、それぞれが単独の時よりもはるかに強い旨味が得られるようになるという料理人の経験値からきているのである。

つまりイノシン酸が豊富な魚とグルタミン酸を多く含む昆布や椎茸のグアニル酸などの植物性食品を合わせて料理すると旨味が非常に強まることになり、旨味というのは他の基本味に比べると味が穏やかで、しかも長く後味を引くのが特徴となっている。

日本人が昔から毎朝食べてきた味噌汁というのは、動物性のイノシン酸が豊富なイリコと植物性のグルタミン酸がたっぷり含まれている味噌が混然一体となって、あの美味しい味を出しているのである。

魚のアラ味噌汁というのは、毎朝の味噌汁の中でイリコが表に出てこない隠れた味とするならば、魚のアラはイリコとは逆に「表に出てきた主役」となっているのが違うところであり、動物性のイノシン酸が豊富なアラと植物性の味噌のグルタミン酸が主従逆転した形となっているだけなのだ。

味噌汁の美味しさを感覚的に理解するために一番手っ取り早い方法は、出汁の旨味とかが料理のベースとなっていない欧米の国へ1週間以上旅行し、その間いっさい味噌汁などの日本食を食べず、帰国した翌朝の自宅でいつも通りの味噌汁を飲んでみることだ。

舌の上で味を噛みしめるようにしながら味噌汁を飲んだら、たぶん「味噌汁ってこんなに美味しかったのか・・・うまい!」と感激するはずである。


魚料理を「うまい!」と言わせるためには、魚が持つ旨味成分を上手に引き出してやることが必要であり、そのためには魚のことを良く知らず面倒なこともやりたがらない消費者のニーズに迎合することばかりを考えるのではなく、本当に魚を美味しく食べるにはどうすれば良いかを、売り手側が消費者に教えてあげることも重要なことではないかと思う。

ファーストフィッシュなどという「消費者の愚昧化政策」は日々の料理を担う主婦などを怠惰にするだけであり、魚の本物の味を知ることにはつながっていかないと思われ、このような「魚食普及への弥縫策」というのは、結果として先々の魚の消費アップには結びつかないのではないかと考える。

さらに魚を販売する売り手側についても、魚の切身を100円などの安い価格で売るようなことに頭を使うのではなく、魚の頭にも利用価値があることをお客様に知らしめるためにはどうすれば良いか、といったことにも頭を使ってほしいものである。

常に安定した売上を誇る魚の繁盛店というのは、世の中の景気がどうなろうとも目先の安さで一時的な泡沫売上を作るようなことよりも、将来的に安定した売上をもたらしてくれる顧客を掴むために、多少売価は高くても品質の高い商品を地道に提供する「本物志向の商売」をコツコツと続けているところが多いようだ。

「本物志向」とは決して高級という言葉と同じ意味ではなく、魚の頭もアラもムダにはしない活用の術を基本として知っていて、それをお客様に教えることの出来るノウハウがあり、売場では実際にそれを商品として品揃えしているような店のことを言うのではないだろうか。

もしあなたの店のお客様が魚の本物の味を知らないような人が多いようであるなら、そのようなお客様に対して簡便で安易なメーカーの出来合い品をお勧めするのではなく、鮮度の良い旬の魚でありながら、品質の高い本物志向の魚を品揃えして、その商品の良さをお客様へ地道にコツコツと教えていくことが重要であり、そのような絶え間ない努力というのが先々に大きな売上へとつながっていくことであろう。

FISH FOOD TIMES はそのような努力を重ねる人達のために、その役割の一端をお手伝い出来ればと思うものである。


更新日時 平成27年 4月 1日


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