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平成25年 4月号 No.112


片口鰯にぎり鮨


このにぎり鮨はどこでも誰でも簡単に味わえるものではない。

東京銀座の名だたる鮨屋さんでも、これをだすのはかなり難しいのではないかと思う。

お金を出せば可能なのかと言うと、これはお金の問題ではないのだ。

片口鰯という魚が持っている特質ゆえの難しさがあるからである。

その難しさとは「鮮度劣化スピードがあまりにも早い」からだ。


下の片口鰯の画像は水揚げされてまだ3時間ほどしか経過していないものだ。

ほとんどが死後硬直状態だが、中には早くも頭部が赤くなりかけているのがいる。

水揚げされた漁港から車で15分の距離に運んでこれなのだから扱いは大変である。

鮮度は猛烈な早さで劣化していくので、鮮魚での販売は簡単ではなく、売価もあまり高く出来ないこの魚を魚売場は好んで扱いたがらない。

基本的に水揚げ漁港から短時間で直行できる店の魚売場でしか販売は難しい。


上の画像の中に何尾か混じっているキビナゴの場合も鮮度落ちは早いけれども、まだ比較的身がしっかりしていて片口鰯より腹が破けにくい分扱いやすい。

片口鰯は頭や腹が赤くなるだけでなく、身が柔らかくて腹も直ぐに破けるので、とにかく時間との勝負で、スピーディに売り切っていかなければならない。

こういう理由から、例えば大都市の名だたる鮨屋さんでは、片口鰯のにぎり鮨を出すというのは、かなり至難の技ということになるのである。


片口鰯は漁獲地から遠く離れた消費地まで無理して運んでも、時間の経過次第でその価値が直ぐになくなってしまう恐れがあることから、もっぱら獲れた場所でそのまま直ぐに加工して商品にすることが多くなるのだ。

その典型例が、煮干し、目刺し、田作、チリメン、タタミイワシ、などである。

全国各地の地方漁港に隣接した水産加工場では水揚げ地だからこそ可能な、鮮度の良い片口鰯を使って、その地方の特産品となる商品を作っている。


片口鰯は全国各地で年間50万トン前後が漁獲され、チリメンや煮干しなどになって、昔から日本人の食生活の中にしっかりと溶け込んでいるなじみ深い魚である。

片口鰯がまだ稚魚の時に漁獲されると、シラス干しやチリメンとなり、大きい成魚となると、煮干しやイリコなどに加工されることになる。

片口鰯は全国各地で獲れることから、各地に数え切れないほど様々な呼び名がある。

上の拡大画像で確認できるように、下あごはとても小さく見えるけれども、上アゴの部分は動かず、下あごだけが下へ大きく開くという特徴により、正式名称に「片口」という名が冠せられたということだ。

九州地方ではタレクチとも呼ばれるけれど、名称の語源も上の知識があれば納得だ。


このように干物などの加工品ではお馴染みの片口鰯も、これを生で食べるとなると、何時でも何処でもという訳にはいかないのは上に述べたとおりである。

しかし中には素晴らしい鮮度の片口鰯が手に入る立地の店もあるはずで、そういう店が巻頭画像のような商品を出していないとすればもったいない話である。

このような商品を出すための調理は、魚体が小さいので少し面倒臭いけれども、その方法はいたって簡単なので以下に紹介しよう。

これは広島を中心とした瀬戸内地方では普通に行われている方法である。

まず荷造りバンドを10a程に切って、丸めて端を輪ゴムで留める。

 

えら蓋の横から、中骨の上の身をバンドで欠き取るように滑らせる。

 

上身と下身が外されて三枚になる。

 

おろした身を流水で優しく何度も揉み洗いし、内臓の残りやウロコなどを取り除く。

 

次に塩で優しく揉み洗いしてヌメリや汚れを落とし、最後に水洗いをして仕上げる。

 

最終仕上げにペーパータオルに並べて、上下から包んで水気を吸い取る。


三枚におろした後の身は何度も水洗いすることになるが、昔から「小イワシも七度洗えば鯛の味」と言われているように、水洗いを繰り返しても美味しさが損なわれないのは不思議である。

これだけ水洗いをすれば水気を吸い込んでもおかしくないと思うけれど、途中で塩揉みをすることから、浸透圧作用が働いて水分を外に逃がしているようだ。

特に3月から4月の時期は産卵前で全身に脂肪をタップリと蓄えているので、魚を取り扱っていても水を弾くような脂気の感触が手に伝わってくる。


今の時期こそ片口鰯が手に入る機会があれば是非食べてみて欲しい。

特に青物系の魚を好んで食べるような人には垂涎の美味しさとなるだろう。

もちろん食べ方としては、にぎり鮨だけでなく下のような刺身でも美味しい。

 

刻みネギおろし生姜醤油添え片口鰯 280円 白ゴマワサビ醤油添え片口鰯 280円
      

これで280円という売価は、いったい高いのか安いのか・・・?

これらは下の画像のように盛り皿で売られていたものと同じ連れであり、この盛り皿の原価は、売価の半分にもならないのだから、刺身の原価は推して知るべしである。


都会に住んでいると、このような場面にはなかなか出合えないかもしれない。

これこそが産地漁港に近い地方に住むことの醍醐味であり特権でもある。

しかし世の中では、マグロの大トロのような高額品だけが憧れ的に注目され、反対に低額品の片口鰯は、地方に於いてもほとんど関心を持たれていない現実がある。

これは全国的に歴史的な魚食への無知、無関心から生じた必然の結果であり、本当に美味しい魚の味というのが理解されていない象徴的な現象であろう。


そのような現実を作った先棒を担いできた張本人がスーパーの魚売場である。

鮮度落ちが早くて扱いが難しく、売価も安くて売上げにつながらない片口鰯は、「とても魚売場なんかでは扱いたくもない・・・」と避けてきた経緯があるのだ。

一般的に良く知られていて、養殖や冷凍されたのもあって、安定した仕入れが出来て、価格も比較的こなれていて、売ることにそれほど苦労しない・・・・、といった恵まれた条件の魚ばかりを、楽をして売ろうとしてきたから、その結果としてスーパーの魚売場で魚が売れない状況に追い込まれているのである。


魚離れ現象から脱却し、もう一度魚の売上げを復活させようと思うのであれば、片口鰯のような「安くて美味しい魚」を積極的に販売すべきなのである。

お客様が安くて美味しい片口鰯のような魚をどんどん食べるようになれば、自ずと他の魚にも手が伸びるようになり、それが魚食の復活へとつながるはずだ。

片口鰯の存在を見直し、大いに売り込んでほしいものである。


更新日時 平成25年 4月1日


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